ひとり旅の思い出。18歳女子、鈍行で北海道まで行ってきた話

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ひとり旅 ライフ
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こんにちは!すーこです!

この記事はたぶん何の役にも立ちません!(笑)私の書きたいことをただ書く記事にしようと思います!(雑記ブログの旨味)

私は18歳の時、実家の茨城から鈍行列車を乗り継いで北海道の函館までひとり旅をしたことがあります。今から約じゅうg…(モゴモゴ)年くらい前。

傷心からひとり旅へ。

美しい夜景、数々の出会い…(大半忘れてしまったが)

そして忘れもしない、台風直撃…(>_<)

ともかくひとり旅は私の視野を広め、結果人生観をがっつり変えてきた。

薄れつつあるけど10年以上たってもしっかり残っているその時の記憶を、ノンフィクションで記していこうと思います(°▽°)

すーこ
すーこ
これ以上忘れないように覚書!
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ひとり旅のきっかけ

18歳。実家の茨城から、東京の短大に通っていた私。
往復4時間かかる通学の傍ら、地元の居酒屋(白木屋)で朝までバイトしながら毎日を過ごしていた。
18歳の夏。地元の先輩に恋していた私は、わりと派手に失恋(中学の時付き合っていた先輩に久しぶりに会ったら、超絶イケメンになってて再び恋したけど散ったw)
毎日どんよりしていて、空を仰ぎながら倖田來未やら浜崎あゆみの失恋ソングをリピートで聴いていた…
厨二病全開で、へんな有料占いとかに手を出しそうだった私。
ふと駅で5日間10000円で東北地方〜北海道の在来線乗り放題パス」のポスターを見かけた。
父がよく、若い頃青春18切符でひとり旅をしていたという話を思い出し
「あ、そうだ。ひとり旅しよう!」と思いたったのだ!(もうこの切符はないかな)

帰宅して早速父に「失恋したからひとり旅してきていい?北海道まで」と相談した。

すると父は、「うん、いいんじゃない?行ってくれば(‘ω’)」と二つ返事で快諾w
母は、「女の子のひとり旅なんて危ないよ〜」と、心配していた。

すーこ
すーこ
うん母のやつが普通の反応だよねw普通ねw

後から聞いたけど、父的には自分がひとり旅で得た経験や人脈が素晴らしかったから、私にもそういう経験をしてほしかったそうだ。
考えてみたら我が家では、兄もアメリカにひとり旅していたし、姉もアメリカにひとり留学していたので、私の提案した国内ひとり旅くらいはハードルが低かったのかもしれない。
でも自分も親になって思うけど、よく女のひとり旅許可したなー父w私、娘にひとり旅してくるって言われたら心配でたまらない。
父も心配してくれてたと思うけど、それでも背中を押してくれたのは、私に何かを得てきてほしかったのかなーとも思う。

電車の時刻表や泊まる場所などの計画を立てた

行くと決まればさっそく日取りを決め(なぞの行動力w)
9月頭も短大は夏休みだったので、白木屋が忙しくなさそうな日曜から平日にあててバイトの休みを申請。
バイト先のみんなは店長をはじめみんな仲良しだったので、失恋したからひとり旅行ってくるわー(笑)って伝えた。
するとみんなは、身を案じてくれたり、私の厨二病加減に引いたりしてたけど、その中のメンズのひとりが、「道中これ聴いてみ」と、JanneDaArcのCDをゴソッと何枚も貸してくれた。
JanneDaArcはワンピースのアニメ主題歌で知り気になっていたので、MP3にCDを移し、旅のお供にすることにした。

確か切符は鈍行列車と、青函トンネルの特急?とはなますという特急だけ1回だけ?使えるものだったので、父にアドバイスをうけて電車の時刻表を買い、事細かに乗って行く電車と泊まる場所の計画を立てた。
今ならSiriに聞けば一発で乗り継ぎ教えてくれるよねー。
当時乗り換え調べるサイトはあっても、父の教えの元、あえてアナログ手法で電車の時間を調べ…乗る時刻は蛍光ペンでマーク。

おかげで時刻表に夢中になり、先輩のことなぞ考える時間がなかったのはよかった。
泊まる場所は、父の提案でユースホステルにすることに。
3000円くらいで泊まれるし、相部屋とかあるから楽しいぞーってことで。
ひとり旅といったらユースホステルだろ!って父はノリノリ( ゚д゚)
ひとり旅にそんな定義があるなら、是非デフォに従おうと私。

あとは、旅先で最低限見たいもの、食べたいものを観光ガイドブックで調べた(るるぶだったかな)

軍資金は切符代込みで5万に縛った。
大きなリュックに下着と靴下だけ5日分つめ、時刻表と函館のガイドブックを持ってひとり旅に臨んだのだった。
(防犯ブザーとかなんももってなかった!あぶねー!)

東北縦断珍道中

9/5 ひとり旅出発日

始発の電車に乗りたかったので、父に、東北本線小山駅まで送ってもらった。(実家から駅まで車で40分くらい)
全部自分の力で…と思い車を駐車場に置いていくつもりだったけど、駅までの送迎はしてくれると父が申し出てくれたので、お言葉に甘えることに。
電車乗りながら、Janne聞いて、暇つぶしに持って行ったのは乙一という作家の本を2冊。「死にぞこないの青」「暗黒物語」という本を選んだ(タイトルからすでに厨二臭がぷんぷんする)

↓この子

ジャケットもよほどダークw

すーこ
すーこ
暗黒童話めちゃくちゃおもろい!

計画通り乗り継ぐ。
今日はひたすら移動。
小山、黒磯、郡山、仙台、小牛田、一関、盛岡…
岩手の盛岡で冷麺を食べると決めていた!
生まれて初めてひとりでご飯屋さんに入っての冷麺…

緊張して味とかよくわかんなかったな( ゚д゚)
今日のゴールは岩手の安比高原のユースホステル!駅に着いた時すでに夜で、辺りは真っ暗。駅までユースホステルの方が迎えにきてくれた。
めっちゃ空いてたので相部屋ではなく、1人で悠々と部屋を使わせてもらった。

9/6 ひとり旅2日目

安比高原から大沼公園のユースホステルを目指した。
八戸駅にてナンパ(!)される。
同じ年代くらいの、同じく大きなバックパッカーの男の子に、ヘイ!君もひとり旅?って声かけられたので、一緒に電車に乗っていくことにした。
どこいくのー?どこの人ー?みたいな話した気がする。
彼は北海道ではなく恐山方面に行くらしかったので、途中で別れてしまいロマンスにはならなかったwww名前もケーバンも聞かなかったなぁ。
べ、別に出会いを求めて行ったわけではないよ!!ほんとにw
青森で食べた海鮮丼、美味しかったなぁ。
と、海鮮丼屋のおじさんと話していて、ひとり旅で北海道を目指していることを話すと、台風来てるけど大丈夫????って聞かれてそこで初めて台風きてることを知った( ゚д゚)
え?北海道って台風自体くるの??

リサーチの甘さ…失態。
ばっちり予定を立てていた手前引き返す選択肢はなく、予定通り青函トンネルを抜けて、初の北海道、函館に上陸!(ぱちぱちぱち)


函館の赤レンガ倉庫をうろうろしていると、当時人気のあった芸人さんがマネージャーさん?と2人でいて、田舎者の私は、初めて芸能人見た!!北海道すげぇ!!と遠目で見ていた。(エンタの神様によく出てた方でした)
その後うろうろしていたらまたその芸人さんがいたので、私から「◯◯さんですよね?写真撮ってくださーい!」と声をかけてみた。
写真撮ってちょっと話すと、なぜかケーバン聞かれて、東京帰ったら電話するからご飯行こうよと誘われた( ゚д゚)これナンパだからねって言われた(既婚者の方です)
でもその後は電話が来ることはなかったw
私は函館の夜景を見るのに函館山を目指した。台風の影響かちょっと風があり、ロープウェイが心配されたけどギリギリ動いた。


この時見た函館山の夜景は、18年生きてきて見たどんな景色より綺麗で
(厨二病の私!ここは涙を2粒くらい流すところよ!)
ていうかなんか…すごく世界が広く感じられて、あれ?なんで私ひとりでここ来たんだっけ??と、リアルにそう思った。
失恋でうじうじしていた自分のことは忘れていたんだ!
本当に、気持ちが全然違ってた。
ひとり旅は誰にも気を使わない反面、誰かと気持ちを共有できないのはやっぱりさびしいところかも。

その足で大沼公園のユースホステルに行き一泊。
日本語上手な韓国人のファンさんという方と相部屋になって、ケーバン交換とかおしゃべりしながら就寝した。

9/7 ひとり旅3日目

なんだか風が強い、まじで台風が北海道めがけてやってきたらしいこの日
私はファンさんと大沼公園の散策をしていた。
そしてファンさんと別れて公園から五稜郭に移動し、五稜郭を散策。
この辺で有名らしい「ラッキーピエロ」でハンバーガーが食べたかったのに、台風だったからかな?臨時休業だったんだよね(理由はうろ覚え)
いよいよヤバいのか?と函館に戻って思ったけど、動けるうちにと函館散策。なんか教会とか見た。(雑)
その日は函館のユースホステルに泊まり
相部屋になったななみちゃんと仲良くなった。

9/8 ひとり旅4日目

いよいよ台風やべーことになった。
どうやら北海道に直撃らしく、(今思えば)何を思ったのかユースホステルにとどまることなく、ななみちゃんと函館の駅に向かったのよ。
この判断がどれだけ恐ろしいものだったか外へ出て気づく。
少し歩いて行くと、バスは運休だったので徒歩で駅を目指すことに。停電していて信号機なども動いておらず、異様な光景だった。
途中からあまりの風の強さにトラックは横倒しになっていて、風でトタン屋根の破片とか木の枝とかいろんなものが飛んできた。
木も根こそぎ倒れてるし、飛来物が当たったのか、駅の近くの店のガラスもバリバリに割れていた。
そんな中徒歩で、引き返すこともできず、避難する場所も思いつかず、豪風の中身を低くしてななみちゃんと歩く…
台風を舐めていたことを心底後悔したし、あ、まじで死ぬかも。と思った。
(後から見てみたら、実際北海道で何人も亡くなった台風だった)
ななみちゃんがいてくれたから、なんとか無事に駅にたどり着くことはできた。
でも、バスや電車は全部運休で、駅で半日以上過ごすことになった。
駅で立ち往生してる人たくさんいたなー。
よくテレビで見る光景。

(今思い返すと)なんでこんなヤバい時にユースホステルからでてきたんだっけ?予定ではこの日、朝市行って、岩手ぐらいまで戻るはずだった。だから朝市行こうとしたんだっけ?もちろんやってなかったけどw
台風のインパクト強すぎて、ユースホステルの人に止められたかすらも覚えてない…
台風のときの不要不急な外出は控えましょ、絶対。

台風のときの作戦はひとつ「いのちをだいじに」

この日は函館の海鮮やイカをしこたま食べる予定だったけどコンビニのおにぎりくらいしか食べなかった。

夕方だっけ、夜ごろかな、電車とか動き出したの。札幌方面に向かうななみちゃんと別れて、私は帰途についた。
もう岩手のユースホステルには終電乗っても間に合わなかったのでキャンセルの電話をし、空いていた青森のカプセルホテルで一泊することにした。
カプセルホテルのあのドラえもん感が割と好きで、生きててよかったなぁと噛み締めて眠った。

9/9 最終日

台風の影響で帰りの足が途中で止まってしまったため、本当は盛岡のわんこそばとか仙台の牛タンとかグルメしながら帰るはずだったのに、移動に費やす一日になってしまった。
でも、本当に生きていてからそんなのどうでもよかった。

夜遅く小山駅に帰ってくると、また父が迎えにきてくれて、なんだかホッとしたのを覚えてる。

2004年の話なので、さすがにうろ覚えが多いんだけど、これほど覚えてるのもやっぱりいい意味で印象に残ったからだと思う。
今でも路線図見たり、聴いてたJanneDaArcの曲とか聞くと、そのときの情景がブワッとフラッシュバックするほどに。

ひとり旅をして変わったこと

目の前の変化としては、失恋でくよくよしていた私が北海道から帰ってきたときもういなかったということw
命からがら帰ってきたこともあり、
なんかそんなこと、すごくちっぽけに思えて、すごく前向きになったんだ!
その失恋した先輩とは、今でも仲良しだったりする(´-`)

ひとりで北海道に行ったという事実は、確実に私の自信になったし、この後いろいろ接客業をするのだけど、話のネタに最高だったw
視野が広がったのも大きな変化。
「ひとり」に耐性もついた!
この約3年後、就職したエステ会社の新店オープンで石巻に転勤することになるんだけど、その時は連休があればひとりで東北のいろんなところを観光してたなぁ。
北海道ひとり旅で味を占めたから、仕事で悩んだ時や恋でくよくよすると、ひとりで遠出すれば元気になった!w(これ気持ちのもちよう)
写真は全然残ってないし、旅先で出会ったファンさんとななみちゃんの連絡先はケータイ壊れた時消えちゃったんだけど、2人は元気かな?恐山の彼も元気だといいな(顔覚えてない)

で、前記したJanneDaArcのCDを貸してくれたのをきっかけに、そのバイト先の彼と付き合うことにもなったなー。
そこからV系が好きになったんだけど、今の主人と出会ったのもV系がきっかけだから、その頃から運命?みたいなものが決まってたのかなと思うとちょっとウケるw

なにしろいろんな変化が起きた。

まとめ

ここまで読んでくれた人とかいるんだろうか?
思い出しながら書いてたから、文章ぐちゃぐちゃで読みにくかったでしょうに、まとめまでたどり着いてくれてありがとうございます(*´-`)
今は家庭を持って、ひとり旅はもう行かないであろうと思うけど、きっとあのひとり旅がなかったら今の自分じゃなかったんだろうなと思うと、本当にひとり旅行ってよかった!
快く送り出してくれた父にも感謝!(普通止めるべよ?)
でも、個人的にはひとり旅推奨派ではあるけど、昨今の日本の治安を見るといつものブログみたく、「ひとり旅オススメ!!」と大声では言えない…
実際変な人もいるからなぁ。娘にひとり旅行きたいって言われたら…たぶん行かせないな。
息子どもは行ってこい!ぜひ行ってこい!一皮むけるよ!
私、無事に帰ってこられて運が良かった!!

いろんなことに感謝してこれからも生きていくぞー( ´ ▽ ` )

以上。覚書。

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